「今、才能のある指揮者は数多くいるが、真に「偉大」と呼べる指揮者がいなくなってしまった!」という、オールドファンの嘆きを聞いたことがある。
確かに、CDで聞かれる、最新録音のオーケストラ演奏は、精度抜群で、アイディアにあふれた「好演」が多い。しかし、改めてCD棚を見渡すと、一回聞いただけで、そのままになってしまったものが多くなっていることに気づく。今や、「演奏」も新聞のように時間が経つと、人々の記憶から消え、「演奏家」もそれと一緒に消え去り、古くはフルトヴェングラー、最近ではカラヤン、バーンスタインのように、後世まで語り継がれる巨匠たちは影を潜めてしまったのだろうか?
いや、一人だけいる。どこかで、指揮台に上る?という噂だけで、多くのファンをどきどきさせるカリスマ指揮者が…。
カルロス・クライバー!1930年、往年の名指揮者、エーリッヒを父にベルリンで生まれる。第二次大戦の影響で、一時アルゼンチンに移住する。父は、息子が音楽家を志すことに反対で、特別な音楽教育を受けさせなかった。しかし、父の意思に反し、指揮者志望だった彼は、20歳の頃から、個人教授について音楽を学び始めた。
1952年、クライバー一家は、ヨーロッパにもどる。彼は、化学を学ぶ傍ら、音楽の勉強を続け、23歳でミュンヘン・ゲルトナープラッツ劇場の無給見習い指揮者となり、いよいよ音楽家としてのキャリアを歩み始める。翌年には、ポツダム州立歌劇場でオペレッタを指揮する。その後、ライン・ドイツオペラ(デュッセルドルフ)、チューリッヒ歌劇場などで研鑽を積み、1966年からのシュトゥットガルト歌劇場での活躍で一躍評価を高める。
1970年、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場との契約を皮切りに、バイロイト音楽祭、ウィーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場などでも絶賛を博す傍ら、ウィーン・フィルなどの欧米の一流楽団とのコンサート・録音を行う。現代最高のカリスマ指揮者として絶大な人気を誇り、コンサート・オペラへの出演の噂ですら、センセーショナルなニュースとなるが、1990年代前半からは公演回数が激減し、ここ何年かは、(開催の噂は出るが)コンサート・オペラはおろか、レコーディングさえ行っていない。
この経歴からわかるように、非常に気難しい彼であるが、1970年代中盤から十数年の間に、わずかであるが、レコード用の録音をいくつか残してくれた。(噂によると、ドイツ・グラモフォンを始め、レコードメーカーの倉庫には、「お蔵入り」の彼の指揮したマスターテープがかなりあるという。)そのどれもが、彼ならではの名演揃いである。
クライバーのデビューLPは、1975年録音のウエーバーの「魔弾の射手」であった。
この演奏は、今聞いても圧倒的なエネルギーと劇的迫力を備え持った名演なのであるが、多くの愛好家の注目を浴びにくいオペラ全曲であったので、これほどのパフォーマンスであった反面、多くの音楽ファンの心を魅了、とまではいかなかった。しかし、次に発売された、ウィーン・フィルとの「運命」!には、音楽ファン皆がびっくりした。
まずは、その登場の仕方。その頃には、既に40代中盤を迎えていた彼であるが、初の交響曲録音に、ベートーヴェンの「運命」、それも、天下のウィーン・フィルとのものなのだ!このことからも、よほどの自信だったのがわかる。しかし、私たちの驚きは、このLPを聴いた後、もっと大きなものになる。
それまでの、この曲に対する既成概念を覆していながら、奇をてらったところとか、わざとらしさがまったくない、説得力満点の名演であったからだ。
ものすごい高速でありながら、決して上滑りのない音楽、あくまでも優雅に、しなやかに歌われるメロディーに、あっという間の35分間の「事件」に初めて接して、めまいに近い感動を覚えたのは、私だけでないだろう。また、今までの誰とも違う彼の指揮に食らいつくかのように、あるいは、初めて、このクラシック音楽の代名詞のような曲に接した学生みたいに、ひたむきに、演奏を繰り広げた口うるさい名門、ウィーン・フィル楽団員たちの演奏振りにも、大いなる感銘を受けたものだった。
この一枚から、彼の快進撃が始まる。ベートーヴェンの第七交響曲、シューベルトの「未完成」のような交響曲、そして、「椿姫」・「トリスタンとイゾルデ」のようなオペラ作品に、長い間オペラハウスで研鑽を積んだ彼ならではの、劇的高揚感と目もくらむような音色美を伴った名盤が生まれるのだ。そのなかでも、筆者はバイエルン国立歌劇場との、ヨハン・シュトラウスの「こうもり」を特に愛聴している。ここで、クライバーは、オペレッタらしく、生き生きした躍動感をオーケストラや歌手たちから引き出している。しかし、それが、単に気持ちよいとか、「軽快」などという次元をはるかに超え、ヴェルディやワーグナーなどのオペラに匹敵する、ドラマを感じさせるさまには、「お見事」というほかない。
話はそれるが、このLPを発売したドイツ・グラモフォン社は、ドイツに本社がある割にはオペレッタの録音が極端に少なく、私の知る限り、100年以上の同社の歴史でも、名作「こうもり」全曲これ一つしかない。(オペレッタすべてでも、ほかには、カラヤン指揮の「メリー・ウィドー」だけのはずだ。)
これらの名盤の後、リヒテルとのドヴォルザークのピアノ協奏曲、そして、たった二回だけ登場した、ウィーン・フィル元旦恒例の「ニューイヤー・コンサート」のライヴ盤以降、彼はレコーディングやコンサートから遠ざかってしまい、1999年年頭のイタリア・スペインでのコンサート以来、公衆の面前には姿を現さなくなってしまった。実は、今年夏のザルツブルグ音楽祭に出演か、という報道もなされたのだが、それも幻になってしまった。
以前、ベートーヴェンのLPがリリースされたときの、日本盤のジャケットのタスキに、「いいぞ、カルロス!言うことなし!」とあったのを、これを書きながら思い出した。
この、コピーこそ、彼の演奏に捧げる賛辞としてベストであると思う。この名句(?)を思いついた誰かに嫉妬を抱くくらい、私はカルロスの演奏に首ったけなのだ!
(2002年)
【ベーレンプラッテ】は、カルロス・クライバーやバーンスタインといった有名指揮者のクラシックレコードを始め、アルゲリッチ、ルービンシュタイン、ムターなど数々の演奏者たちのクラシックレコードを豊富に取り扱うクラシックLP専門ショップです。取り扱っているクラシックレコードは、すべて店主やスタッフがヨーロッパで直接買い付けて仕入れています。ジャケットや盤質のコンディションを一枚一枚チェックし、厳選していますので、オリジナル盤もコンディションのよいものに出会えます。
ショップ名 | 輸入クラシックLP専門店 ベーレンプラッテ |
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